ここ数年、二宮町の不動産市場を見ていて、ひとつの変化を感じています。
コロナ禍をきっかけに大きく動いた不動産市場が、少しずつ平常時の姿に戻ってきました。
二宮町でも、コロナ禍以降は不動産価格が上昇しました。
テレワークが急速に普及し、「毎日会社へ行かなくてもいいなら、都心から少し離れて暮らしてもいい」と考える人が増えた時期です。
二宮のような町には、これはかなり大きな追い風でした。
駅から多少離れていても、広い土地がある。庭をつくれる。自然が近い。都心部では手に入りにくい住環境を求めて、二宮まで家を探しに来る人が増えました。
その象徴のひとつが、百合が丘だったと思います。
コロナ禍で人気だった「広い土地」

百合が丘には、かつて開発分譲された100坪前後の大きな区画があります。
コロナ禍では、こうした広い土地への需要がかなりありました。
「せっかく郊外へ移住するなら、広い庭が欲しい」
「家で仕事をするなら、住環境を充実させたい」
そんな価値観とも相性が良かったのでしょう。
ところが最近、この100坪前後の分譲地の動きが以前ほど良くありません。
土地が悪くなったわけではありません。
ただ、100坪の土地を購入して、そこに現在の建築費で住宅を建てるとなれば、総額はそれなりになります。広い庭も、実際に暮らし始めれば維持管理が必要です。
そして何より、「駅から離れていても構わない」というコロナ禍特有の需要が落ち着いてきました。
数年前には強みだった「広さ」だけでは、以前ほど簡単には選ばれなくなっています。
富士見が丘・緑が丘では売却が目立つ

もうひとつ最近感じる変化があります。
富士見が丘や緑が丘で、売却物件が目立つようになってきたことです。
どちらも二宮町を代表する既存住宅地ですが、昭和から平成にかけて開発され、多くの住宅が建てられてきた地域です。
当時30代、40代で家を購入した方々も高齢になりました。
実際の売却相談では、住み替えや施設への入居、親から相続した家の売却など、様々な事情があります。
これは単純に「人気がなくなった」という話ではないと思っています。
むしろ、昭和から平成初期に形成された住宅地が、本格的な所有者の世代交代期に入ってきたと考えた方が近いのではないでしょうか。
これから富士見が丘や緑が丘の住宅が次の世代へうまく引き継がれていくのか。
それとも、売却に時間がかかる住宅や空き家が増えていくのか。
二宮町のこれからを考えるうえでも、個人的に注目しているところです。
それでも「駅近」は強い

そんな市場の変化の中で、改めて感じていることがあります。
やはり駅近の需要は強い。
二宮駅から徒歩圏内の土地や戸建は、そもそも売却物件が滅多に出ません。
そして、良い物件が出れば、そこそこ高い価格でも比較的早く買い手が見つかります。
コロナ禍には、
「週に1、2回しか出社しないから駅から離れていてもいい」
というお客様も珍しくありませんでした。
最近は、そうした声を以前ほど聞かなくなりました。
テレワークがなくなったわけではありません。
ただ、出社する機会が戻ってくれば、駅までの距離は再び重要になります。
さらに駅近には、通勤だけではない強さがあります。
買い物、通学、病院、そして年齢を重ねて車に乗らなくなったときの生活。
長く住むことを考えるほど、「歩いて駅へ行ける」という条件は効いてきます。
「二宮なら何でも売れる」市場ではなくなった

現在の二宮町の不動産市場は、価格が大きく下落しているという印象ではありません。
私の感覚としては、コロナ禍から続いてきた価格上昇が一服したという表現が一番近いです。
そして市場が落ち着いてきたことで、物件本来の条件が以前よりはっきり見られるようになってきました。
駅からの距離。
坂道の有無。
土地の広さ。
接道条件。
建物の状態。
買い物など日常生活の利便性。
同じ二宮町内でも、こうした条件によって売れ行きにはかなり差が出ます。
百合が丘の100坪の土地、富士見が丘や緑が丘の既存住宅地、そして物件自体がなかなか出てこない二宮駅徒歩圏。
それぞれの動きを見ていると、二宮町全体をひと括りにして「上がっている」「下がっている」と語ることが、以前より難しくなってきたと感じます。
コロナ禍では、「自然のある町で広く暮らしたい」という大きな波が二宮にもやってきました。
その波が落ち着いた今、再び問われているのは、不動産の基本的な価値なのかもしれません。
コロナ特需が落ち着いて、不動産本来の「立地による選別」が戻ってきた。
日々、二宮町の不動産を扱っていて、最近そんな市場の変化を感じています。
そしてこれからは、「二宮町だから売れる」ではなく、二宮町の中でも、どこにある、どんな不動産なのか。
そこが、今まで以上に重要になってくるのではないでしょうか。
